Pivotの動画でたまたま見て、気になったので本を買って読んでいるんだけれど、気づきが多そうなので、1章ずつ刻んで感想を書いていこうと思う。感想はこの記事に継ぎ足していこうと思う。
見た動画はこちら。
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0章 なぜ、いま「人生の経営戦略」なのか?
ここでは、山口周さんが本を書こうと思った問題意識についての解説。
①難しい時代の到来、②準備のできていない人たち、③二極化する人生論・キャリア論
特に、二極化する人生論・キャリア論で、世の中は、①成功にこだわるマキャベリ的人生論、②自己実現にこだわるルソー的人生論、の二大派閥になっていて、片方がもう片方を非難するという状況に違和感があるという点に共感した。
マキャベリ的人生論は、ゴール設定に問題があるので達成したとて、幸せになっているとは限らない点。ルソー的人生論はプロセスの設計に問題があるので、経済的基盤・社会的基盤を大きくするところを疎かにしているので、自分の可能性を狭めていると言える。
これを両立するためにアリストテレス的人生論と定義し、それを実現するためには人生に経営戦略論を活用するべきという話。
1章 目標設定について
この本における長期目標について言及。
時間資本を適切に配分することで持続的なウェルビーイングの状態を築き上げ、いつ余命宣告をされても「自分らしい、いい人生だった」とおもえるような人生を送る
コントロール可能なのは時間資本のみ
この本の中では、資本と言えるのは
とあるけれど、私達がコントロール可能な変数は時間資本のみ。となると、如何にこの時間資本を適切に配分するか、という点と、時間資本を他の資本に変換するには?という点に触れられている。
直接的に変換可能なのは、人的資本であり、スキル・知識・経験に時間を投資することが可能。他は、人的資本→社会資本、社会資本→金融資本となる。ここがわかっていないと、時間を直接、社会資本や金融資本を変えようとする、効率の悪い努力をする羽目になってしまう(と私は解釈した)。手っ取り早くそれらの資本を上げる方法は、基本的にない。
つまりは、人的資本(実力)を育てなければ、社会資本(信用)は得られず、金融資本(お金)も貰えないよ、ということ。ここで、人的資本は金融資本に変換できないという例が面白かった。『どんなに高機能な製品があっても(人的資本はある)、無名のメーカーだと(社会資本がない)、不安で買ってもらえない(金融資本に変換できない)』。なので、人的資本に投資した後は、ちゃんと社会資本化しないといけない。インプットばかりしていても駄目で、アウトプットしましょうってことでしょう。
資本の種類
人的資本と社会資本は
- 仕事をするうえで役に立つ資本
- 人生を豊かにしてくれる資本
の2つがある。仕事の役に立つことが重要だからと偏った投資をしてしまうと、本当の幸せは手に入らない。効率主義だと、前者が持て囃されるので、気をつけないといけない。かといって、人生を豊かにしてくれる資本って自分にとってなんだろうな?とも思うけれど、まぁ以前であれば自転車だったのだが、めっきりそういう機会も減っているので、そのあたり含めて考えてみる機会なのだろう。
失敗者の定義
人生の価値が金融資本に支配されすぎて、人的資本・社会資本をなおざりにしてしまうと、人生の失敗者になってしまう。失敗者とは、仕事に時間をかけすぎて交友関係が疎遠になってしまって孤独になってしまったりとか、本当にやりたかったことが全然できなかったとか、そういうことであって、お金がないとか出世できないとかではない。まぁそれはわかる。たしかにそう。我々には世の中の成功のイメージを強く刷り込まれているので、金持ち=成功者という風潮がある。そこにどう抗うのか。
『自分にとって本当に大事なもの』、『自分が本当に実現したいこと』を意識して時間資本の配分を管理するしかない。
映画のモモの話が出てきたけど、世の中の成功のイメージに人生を乗っ取られると、いくら頑張っても幸せになれないことになる。著者もそういう時代があったという話があるが、自分もそうなってないか?とも思う。『時間泥棒は私自身だった』というのが切ないが、自分もそうなっていないか?というのは常に気をつけたい。
2章 長期計画について
人生にライフ・サイクル・カーブを適用して捉えてみるという考えが面白かった。導入期・成長期・成熟期・衰退期を春夏秋冬として例えるのもわかりやすい。
人生の春夏秋冬
- 春は『試す』
- 夏は『築く』
- 秋は『拡げる』
- 冬は『与える』
私は現時点で40代中盤なので、夏に該当するけれど、信用・評判・ネットワークといった社会資本を広げられているだろうか?30代の頃は勉強会等に積極参加して、それなりに知り合いも増え、SNSでの繋がりも増えたりもしたけれど、ここ数年はそういう活動に手を広げる余裕がない。
人生の秋・冬に対する投資があまりできていないように思うので、この辺りは意識して改善しなければならないポイントだなと思わされた。が、だからといってなにをすればいいのか?という感じだが。今考えているのは、社内の中間管理職同士の考えの交換・共有の場を活性化するのがいいのかな?くらい。
洞察① 季節に応じて合理的な振る舞いは変わる
これは確かになぁ〜!と思わされた。20代に試行錯誤するのはリスクも少ないし多くの経験ができるからいいけれど、40代以降であまりに試行錯誤していたら落ち着きのない中途半端な人として写ってしまう。まぁ人生二毛作のケースあるとは書いてあるけれど、ちゃんと考えて自身で納得したうえでの行動かどうか。40代になっても落ち着くことなくそういうことになっているのは、周りの情報に振り回されているせいじゃないのか?という視点を持つのは大事。
洞察② ステージの遷移に応じて「役割や貢献」も変わる
まぁ他の本でもステージが変わったらギアチェンジが必要とか、よく書いてある。プレイヤーからマネージャーになるとか、まさに自分に当てはまるようなことではあるのだけれど、ステージが変わっているのに以前と同じ振る舞いをしてやいないだろうか?そのままだと社会資本が毀損していくと…。やや当てはまっているところがあるのだが、プレイヤーとマネージャーのバランスが難しい上にマネージャーとしての業務量が増えていてどうしたらええんやろなー?というところにもなっている。
これらの役割にはそれぞれ異なる思考・行動様式が求められるため、特に「期待される役割がシフトする時期」に停滞してしまうことが多いのです
ここが本当に悩ましくて管理職向いてないんじゃないか?っていつも思ってしまうんだが、だからといってやらないわけにもいかないのでギアチェンジするしかないと考えているんだけれど、どういうキッカケでどうギアチェンジができるもんだろうか?これが中年の危機というやつか。
読み進めると、人生の後半に入っているということを認めざるを得ないのだが、「ポジティブに捉えましょう」というのは、この本を読んでいたからこその気付きかもしれない。
洞察③ 「長期の合理」が大事
この節も非常に面白かった。短期的には非合理だけれど長期的には合理。その逆もある。短期的な合理ばかりを追いかけていると、手っ取り早い成果を追い求めてしまい、しょうもない人生を送ることになる(短期の合理の罠)。ただ、これを20代の頃に思うことができるかどうか。普通は成果を出している同年代の周囲に焦ってしまい、自分も急いで成果を出さなければ!と思って短期の合理に走ってしまうのではなかろうか?
そういう意味では、1on1のときに、「テクニックばかりではなく普遍的な概念を学んでおくのは大事だよ」とか伝えてはいるんだが。ただ、他人に伝える分にはできているように思えるが、じゃあ自分はどうなの?というとわからん。罠にハマっているんじゃなかろうか?
そこを脱したいからこそ、最近はウィークリーノートを付けることで週次で振り返っているので、ちょっと前よりはマシかもしれない。
※ウィークリーノートは、先が見えなくても、やる気が出なくても 「すぐ動ける人」の週1ノート術を参考につけている
人生という長期プロジェクトにおいては、長期の合理を大切にしないと、冬を迎えたときに楽しみのないカラッポの人になりかねない。そういう人生を送っていると定年後にすぐボケてしまうのではないかという恐怖を感じた。成果とは別軸の、一生物の個人的な楽しみを持てるようになると、人生楽しいんじゃなかろうか?
キャズムのコンセプトは、この「タイミング」という問題を考えるにあたって、好適なフレームワークを提供してくれるのです。
なるほど、わからん。いや、キャズムの概念はわかる。
アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に溝があり、これをキャズムと呼ぶ。キャズムを超えたら爆発的に人気が出るとか、そういうやつ。先行者利益を取ろうと思ったらキャズムを超える前に取り組まないと、時すでに遅し。
インターネットの普及がキャズムを超える前に創業したヤフー・ジャパン、楽天、サイバーエージェントの話が出てくる。早すぎるとキャズムを超える前に退場することになるし、キャズムを超えた後だと熾烈な競争に巻き込まれることになるという話で、そのタイミング(いつ)を捉えるのが重要というのはわかったし、その兆しを捉える方法は成長率・変化率に注目することと、コア人材を見ること、というのも、言わんとしていることはわかる。
この章ではそれを人生の話で置き換えて伝えることはあんまりないのだが、つまりは成長しそうな分野の兆しを見て、その分野に自己投資するなり転職するなりしていくのが重要ってことなのかなと思った。人生のライフ・サイクル・カーブの中で成長の波に乗るためには取り組むことだけではなくタイミングが重要と。
人間性としてアーリーマジョリティやレイトマジョリティくらいの慎重な判断をする人は常に判断が遅れるから大きな失敗もないが、大きな成功もない、ということになるのかな…。機会損失の話なんだろうか?
ただ、すべての物事に対する消費スピードがえげつない現代において、アーリーアダプターとして得られる利益の期間がめっちゃ短くなっている感覚があって、結局は長期の合理を優先して取り組んだほうがいいから、あんまりキャズムを気にしないほうがいいような気もする。長期の合理において、たまたま自分が面白そうな技術・物事を見つけたのがイノベーターやアーリアダプターのタイミングならラッキー、くらいじゃないだろうか?
キャズム前探しをしていると短期の合理に振り回されそう。
4章 適応戦略
計画には変更が付き物っていう点で、適応戦略という話が出てくる。人生山あり谷ありなので、色々あるから、思った通りにはいかない。そのときに遭遇した出来事に対してどう向き合っていくか。
仮説に基づいて大まかな計画を立てて、それに基づいて仮説の検証をしながら計画を変更しつつ進んでいく。うーん、アジャイルっぽい。
私たちの人生は「膨大な仮説の集合体」としてまずはスタートし、その仮説をひとつひとつ検証し、破棄・修正することでしか前に進んでいけない、ということなのです。
なるほど。これこそ、週一ノート術に書いてあった仮決め・仮行動のエッセンスだなと読みながら思った。
「想定外」を逆手に取れ
仮説の検証で明らかに間違っているのに、もとの計画に固執してしまうことがある。あまりにも想定外のことが起きて現実を受け入れられないケースとか。うーん…。まぁ…ある…。
うちだと、受け入れてはいるんだけれど、長男が重度知的障害なので、想定外のことが頻発するというのは、ある。まぁ今の会社のおかげで柔軟に働けてはいるのだが、ある意味、計画をなるべく変更せずにやりくりしようとしていて、歪みが生じているのでは?と思うことはある。
しなやかな姿勢を持つことというのは、まぁ障害児の親という少数派な人生を送っているはずだろうから、それをポジティブ要素として捉えて情報発信するとかが、適応戦略になるのだろうか?あと障害児の親目線で世の中のサービスを見ることができる、というのはあるかな…。
山口さん自身の適応戦略
ここで山口さん自身のエピソードが紹介されていたが、クリエイティブなことをやろうとしていたが、企画が採用されなくてセンスがないことに気付いてどうしようか悩んでいたら、長期化した会議で要点をまとめて終わらせたことを評価されて、問題を整理・構造化するのが得意なことに気付いたという話だった。
似たような経験があるっていうとおこがましいが、Webデザイナーになりたいと思っていたけれど全くセンスがなくてプログラマになってからも色々と本を読み漁ったり資格を取ったりしていたのでまぁそれも自分なりの適応戦略だったと言える。
5章 ポジショニング 前編
ポジショニング理論
「然るべきときに、然るべき場所にいること」が重要だそう。企業の収益性は、その企業の立地と環境によって大きく左右される。これはよく個人においても、どういう仕事をしたかというよりかは、どの企業にいたかで給料が決まるという話があるので、そういうことだろう。
立地の魅力を図るモノサシ
企業・産業のポジショニングの魅力度や堅牢性は5つの力に着眼することで分析できる、とある。
- 競合との競争
- 新規参入の脅威
- 代替品の脅威
- 顧客の交渉力
- 売り手の交渉力
本で例として上がっていたのは、テレビ局の競争優位性に関するものであったが、インターネットの普及の前後で随分と様相が異なってくる。現状を考えたらもはやテレビは若者にはあまり見られていないし、動画配信プラットフォームが独自に出来上がってそちらでマネタイズもされている状況であり、新規参入もしやすいし、売り手側も旨味が少なければ自分たちで始めることもできるようになっている。なんならNetflixとかのほうがサブスクのビジネスモデルで収入が安定しているからでかい予算を付けられる。
代替品の脅威ではここでは語られていなかったが、他の本とかで読んだことで言えば、同じようなものではあるが、スマホや携帯ゲーム機等が競合となっていて、テレビ以外の娯楽が大量にできたことがテレビの衰退に関係しているとあったのを思い出した。テレビだけじゃなくて、新聞なども。最近だとオールドメディアを言われがちなところだろうか。
決断を「勇気」や「度胸」の問題にしない
ライフ・マネジメントにおける意思決定をこれらで単純化せずに、いかに論理的に考え抜いてポジショニングを取るか、が重要とあるが、果たして自分はそこまで考え抜いているだろうか…。考え抜いた結果、見通しが暗いのであれば、それに従って転職するほうがいいということなんだろうけれども。
個人にあてはめると
個人に当てはめると、競合との競争や代替品の脅威が非常に重要な論点となってくる、とある。
スキルの有用性ではなく、スキルの希少性が重要か。たしかに、需要と供給において、いくら有用なスキルであったとしても、市場が飽和状態になっていたら、価値が下がってしまう。このあたりは新規参入しやすいかどうかも関係してくるが。
最近だとAIが持て囃されているので、AIが使える人の市場価値はまだまだ高いが、コモディティ化してくると、その価値は下がる。が、そうそう新規参入できるものでなければ、価値が上がるので、今後のAI市場はどうなるのかな…。プログラミングにおいても、始めやすいということで結構広がってきたと思うけれど、向き不向きがあって数年でやめてしまう人もいるので、まぁそんな簡単なものじゃないよねと思うし、その層くらいならむしろAIに取って代わられてしまうので、専門性を高めている人だけが生き残れるという残酷な現実になりそうに思う。
AIの代替に対する対抗策
そんなふうに読んでいたら後のほうに書いてあった。認知的労働の代替はすでに始まっている。例で出てきたのはトレーダーがシステムに変えられてしまった話とか。それも見たことあったな。
対抗策は、以下の3つ。
- 正解のある仕事を避ける
- 感性的・感情的な知性を高める
- 問題を提起する力を高める
うーん、これ、前からずっと言われてると思うけどな…。別にAIじゃなくても、インターネットによってコンテンツが飽和してきて、検索によって正解が見つけやすくなっているとか、解決する力よりも正しく問題を捉える力のほうが大事、みたいなやつ。まぁ、AIの登場によって、これらが更に重要になったというのはわかるけども。
1on1をしていても、最近の若者は、正解を出す能力にばかり注力しがちな気がするなぁというのはあるが、でもまぁそれは自分が若かった頃は年配の方たちには自分もそう捉えられていた可能性はあるよなぁと思う。
リベラルアーツ=教養。あんまり聞いたことない言葉だったけれど、教養か…。教養を鍛えとけ。うむ。その方法は…本を読むことか…?まぁ後半に書かれているのかな?本を読むことというよりかは、本の内容を咀嚼して自分に力に変えること、なのでその点は勘違いしないようにしたい。
で、対抗策の3つは教養を育んでいることが重要になる。本もハウツー本とかばっかり読むのは結局答え探しみたいになってしまうから、ハウツー本の裏付けになっている情報を自分の腹に落とし込むように読むのがいいんだろうなと思う。
6章 ポジショニング後編
能力を変えるより立地を変える
まぁよくどうやって資源や能力を獲得するかより、どのように立地や環境を変えるか?というのは見るなぁ。年収はどんな仕事をしているかより、儲かっている企業にいるかどうか、みたいな話。スキルを身につけるよりも、環境を変えるほうが年収上がる理論っぽくて、自分的にはあまり好かんが、そういう世の中だというのは理解しておく必要がある。
リモートワークによって仕事の全国大会化が起きる
まぁこれもわかるし、そういう人たちが増えているのはいいことなんじゃないかなと思う。実際にうちのチームもリモートワークで回しているし、それでそこまで大きな問題はない。けれど、いざとなったら会える範囲っていうのがよかったりする。でもまぁそんなの世界規模の企業だと関係ないしなぁ。リモートで成立するような仕事よりも実際に現地にいなければ成立しない仕事のほうが重視されてきている話を最近よく聞く。スキルが必要なブルーワーカーの仕事はAIに奪われにくいという話。
ローカルメジャーからネーションニッチへ
リモートワークが有効な業種だと、ゼネラリストよりもエキスパートのほうが稼ぎやすいというのはあるんじゃないかなと思う。ポジショニングで尖っておけば、認知されてブランディングされやすい。そうなれば強い。
居場所は10年で変える
うーん、これはまぁわからなくもないけれど、10年以上働いていると会社と自分のポジションも変わってくるから、一概に慣れるということはないのではないか?でも考えの幅が狭くなりがちでは?という気はするので、やはり社外の勉強会に参加したり、イベントに出かける等、もしくは新しいプロジェクトに参加するなど、積極的に取り組んだほうがいい。
いろいろな場所を見てみないと自分の立地は見つけられない
山口周さんと、その知り合いの方の経験から、世間からよい生活と見られるようなものを集めていたけれど、満足感が得られなかったが、本当に自分がやりたかったことに気付いてやり始めたら人生が充実してきたというストーリー。
まぁ〜でもそれはその世間からよい生活と見られるような景色に辿り着いたからこその話ではなかろうか?という気はする…。経済的自由をほぼ手に入れている状態だからこそ、そちらを向けるのでは。無論、そこに到達しなくても、金銭的には足るを知るということで、本当にやりたいことに取り組むことができればよいのかもしれないが、ライフステージ次第では難しいんじゃないかなと…。
まぁ自分の場合は障害児がいるから余計にそう考えてしまいがち。とりあえずまだまだ、経済的自由にある程度近づけるように取り組んでいきたいところ。